心電図は医学生が苦手にしている項目の1つです。研修医になり、救急外来でSTEMI症例を経験するようになると、少しずつ心電図に対する苦手意識が和らいできます。喫煙者、糖尿病、高血圧、78歳男性。急性発症の前胸部痛。心電図でST上昇!と救急隊から連絡がきたら、緊急カテを想定して動けるようになります。
そんな研修医もある壁にぶつかります。
それは、左脚ブロックの心電図でみられるST変化が、新規発症の心筋梗塞を示唆しているのではないだろうかという疑問です。
ST変化の原因が左脚ブロック単体なのか、心筋梗塞合併なのか…この問いに有用な診断基準を紹介します。
左脚ブロックの心電図
左脚ブロックをサッとみつけるポイントは、①V1で幅広いS波と②V5,6でウサギの耳です。
ここで問題となるのが、V1のSTです。V1でST上昇の定義は、J点が等電位線より2mm以上の上昇です。
J点(ORS波とST部分をつなぐ点)が等電位線より1目盛り(1mm)以上、上にあるものをST上昇と呼びます。ただし、V1~V3は正常な人でも1mmほどJ点が等電位線より上にあるので、2mm以上の上昇を有意なST上昇とします。
レジデントのための これだけ心電図より引用改変
上の図ではST上昇の定義を満たしてしまっています。
左脚ブロックの心電図は、虚血性変化がないものでも、ST上昇の定義を満たす波形が存在するのです。
左脚は心臓の広範囲をカバーしています。障害範囲の広い左脚ブロックは、虚血性変化のST上昇がもともとの障害に紛れてみつけにくくなるのです。左脚ブロックに紛れ込んだ急性心筋梗塞を見分ける診断基準は、Sgarbossaらによって1996年に発表されています。
左脚ブロックにおける急性心筋梗塞の見分け方
Sgarbossa’s Criteria
左脚ブロックにおける急性心筋梗塞の診断基準にSgarbossaの診断基準1)があります。
注意点としては特異度が高く、感度が低い点です。導出研究(262名)で特異度90%、感度78%。検証研究(45名)で特異度96%、感度36%です。
確定診断には使えますが、除外診断には不安が残ります。
Sgarbossaの診断基準で合計3点以上なら、急性心筋梗塞の可能性が上がります。一方で、基準を満たしていない場合でも急性心筋梗塞の否定はできません。
左脚ブロック+急性心筋梗塞の症例
では、Sgarbossaの診断基準を用いて実際の心電図を読んでみましょう。
上の心電図では、V1で幅広いS波とV5,6でウサギの耳があり、左脚ブロックを示唆する所見です。
では、急性心筋梗塞はあるでしょうか?
Ⅱ誘導で①QRSが上向きの誘導で1mm以上のST上昇 5点
V2とV3で②V1-V3のQRSが下向きで1mm以上のST低下 3点
ⅢとaVFで③QRSが下向きの誘導で5mm以上のST上昇 2点
の所見を認めます。急性心筋梗塞の疑いが強い症例です。
特異度の高いSgarbossaの診断基準を用いることで、左脚ブロック+急性心筋梗塞と判断することができました。
しかし、除外診断には使えません。何かいい手はないのでしょうか。
そんな疑問に一つの解を示したのがSmithらのmodified 診断基準です。
Smith’s modified Criteria
感度の低いSgarbossaの診断基準を改良したのがSmith3)らです。
garbossaの診断基準③QRSが下向きの誘導で5mm以上のST上昇」を③’「STの高さ(マイナス)をQRSの高さで割った比≦ー0.25」に変更したところ、特異度90%、感度91%となり、Sgarbossaの診断基準よりも感度が大幅に上昇しました。とはいえ、忙しい救急外来で比を計算するのは現実的ではありません。まずは特異度の高いSgarbossaで3点以上であれば、急性心筋梗塞を念頭に行動する。3点以下であればSmithのmodified criteriaやその他の手段で除外していくことも1つの手ではないでしょうか。
ALiEM “Modified Sgarbossa Criteria: Ready for Primetime?“より引用
参考文献
1)レジデントのための これだけ心電図
2)Sgarbossa EB, et al:N Engl J Med, 334:481-487,1996
3)Smith SW, et al : Ann Emerg Med, 60 : 766-776, 2012
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